第1回 県内最古の岩石からなる山 |
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第2回 石灰岩の山 |
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第3回 花崗岩の山 |
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第4回 1億年前の岩石からなる山 |
![]() 城山から見た皿倉山と権現山 ![]() 六ヶ岳 ![]() 宗像四ツ塚連山 | 第4回 1億年前の岩石からなる山 約1億3000年前の日本列島は、現在の姿とは大きく異なっていました。東北日本と紀伊半島、四国南部、九州中部を含めた西南日本は、現在よりはるか南に位置していまし。その西南日本はやがて北上し、約7000千年前までに大陸の縁にあった本州中部から北部九州までの陸地と合体しました。福岡県の北部には、この時代の地質からなる山があります。 北九州市の皿倉山(622m)から尺岳(606m)・金剛山(562m)と続く山域は、中生代前期白亜紀(1.45~1億年前)に陸上で堆積した砂岩・泥岩からなる。ただし、皿倉山と権現山(617m)の一部は1億年より少し前に噴出した安山岩の溶岩に被われ、途中の音滝山(416m)はマグマが上昇して地中で固結した安山岩が、その後の侵食により地表面に現れたものです。また、風師山(364m)もこの時代の砂岩・泥岩からできており、若松半島の石峰山(302m)は皿倉山と同じ火山岩からできています。 尺岳などと同じ岩石からなる鞍手町の六ヶ岳(338m)は、鞍手富士と呼ばれるように、独立峰のような山体をしています。六ヶ岳は福智山断層(断層を境に東側が隆起し、西側が沈降)より西側の沈降部に位置します。六ツ岳の周囲は約4000万年に海水が浸入し、浅瀬は汽水域となって植物が繁茂し、やがてその上に砂岩・泥岩などが堆積しました。この当時、六ツ岳は山体を維持していたので、あたかも島のように見えたでしょう。後に、これらの植物は炭層となり、筑豊炭田のもととなりました。 宗像地域の湯川山(471m)から城山(369m)にかけ「宗像四ツ塚連山」と呼ばれる山地も1億年少し前に安山岩類の溶岩の噴出によって形成されたものです。同じ起源の山は、宗像市大島の御嶽山(214)、福津市の対馬見山(243m)や在自山(235m)、若宮市の笠置山(425m)などがあります。 |
第5回 火山活動で形成された山 |
![]() 溶岩ドーム状の英彦山中岳(1188m) ![]() 凝灰角礫岩に形成された虛空蔵窟 ![]() 安山岩質溶岩が急斜面をなす求菩提山 | 第5回 約500万年前の火山活動で形成された山 約700万年前から500万年の日本列島は、火山活動が活発な時代でした。福岡県の南東部から南部にも、この時代に噴火した火山岩からなる山々があります。県の最高峰である釈迦岳(本釈迦、1296m)、御前岳(1209m)や石割岳(941m)など県南の山々は安山岩類の溶岩と火砕岩より形成されていますが、その後の侵食によって火山としての地形は認められません。 英彦山(1199m)は、500万年よりやや古い時代に形成された凝灰角礫岩の上に、約400万年前に噴出した溶岩から形成されています。この溶岩は粘性の大きな安山岩類よりなるので、英彦山の北岳、中岳、南岳はそれぞれ溶岩ドーム状の火山地形を保っています。北西方向に流れたこの溶岩の末端は、英彦山参道の石の鳥居付近で確認できます。また北東では、北岳登山道の「溶岩の壁」と記された急崖が、溶岩の末端に当たる。凝灰角礫岩は凝灰岩部分が脆く侵食されやすいので、しばしば横穴のような地形(石窟)が形成されます。修験者は、この石窟を修行の場として利用しました。英彦山には49の石窟があるが、多くは凝灰角礫岩分布域に一致します。周辺の黒岩岳(878m)、上仏来山(685m)障子ヶ岳(896m)、鷹ノ巣山(979m)も同時代に形成された溶岩ドームの火山です。英彦山から西へ続く岳滅鬼岳(1037m)~大日岳(829m)は、英彦山などと同時代に噴火した安山岩類の火山ですが、侵食が進み痩せ尾根となっているところもあります。また、修験道の山であった求菩提山(782m)は、火山砕屑岩の間に何枚かの溶岩層からなり、標高約600mより上は硬い溶岩層で形成されています。その溶岩層の下の浸食されやすい火山砕屑岩には、修行の場であった5つの石窟があります。 嘉麻市には、地元で山田小富士と呼ばれる摺鉢山、別名・帝王山(213m)があります。約250万年前頃に玄武岩溶岩を噴出した単成の火山です。まさに富士山のような山体です。同様の山は嘉麻市碓井の琴平山(123m)、黒崎駅の北にある道伯山(62m)と妙見山(41m)、水巻駅の北にある日ノ峰(114m)、豊前坊山(75m)、明神辻山(96m)などがあります。また津屋崎の東郷公園、能古ノ島、玄海島、可也山、姫島などの頂上付近は玄武岩の溶岩に覆われています。なお、芥屋大門は玄武岩溶岩が冷え固まったときに形成された柱状節理です。 |
第6回 断層山地 |
![]() 西山断層崖 ![]() 福智山断層崖 ![]() 小倉東断層と竜ヶ鼻 | 第6回 断層山地 断層運動は、図のように、垂直ずれ断層である正断層と逆断層、水平ずれ断層の横ずれ断層があります。断層を境に隆起した側の地塊が断層山地となり、その斜面は断層崖とよばれます。 戦前、地理学者で日本山岳会名誉会員(会員番号21番)であった辻村太郎は、福岡県の断層地形として、背振山断層崖、七曲峠断層崖、西山断層崖、犬鳴峠断層崖、砥石山断層崖の存在を、また、山地の両側を断層で限られた地塁山地として、皿倉山から牛斬山までの南北の山稜、平尾台から飯岳(大坂山)などをあげています。 戦後になると、断層地形の研究は活発となり、特に活断層(数十万年以降、繰り返し活動し、今後も活動が予想される断層)の存在が次々と明らかにされました。県内では、日向峠-小笠木峠、警固、宇美、西山、福智山、小倉東、水縄断層が活断層として認定されています。それぞれ断層の背後には断層山地が連なります。例えば、宇美断層は若杉山~宝満山、西山断層は西山から南へ延びる山稜(写真1)、福智山断層は皿倉山~尺岳~福智山(写真2)、小倉東断層は足立山と平尾台~竜ヶ鼻、水縄断層は高良山~鷹取山に伸びる東西の山稜などが断層山地となり、それぞれ断層線に向けた斜面が断層崖となっています。一般的に断層崖は、急斜面となることが多く、登山道は急登であり、汗をかきながら登ることになります。 なお、数万年前から上記の活断層の多くは、左横ずれ断層の動きを伴っています。また、宇美断層や福智山断層などは、断層山地に向けた逆断層の動きも見られます。すなわち、福岡の断層山地は数百万年前の断層運動によって隆起した山地であり、その山麓部で新たな断層運動が生じていると言うことになります。 |